2008年01月05日
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新宿歴史博物館 (閲覧室初利用)

Written By: 川俣 晶連絡先

 今日は、西新宿にあった東京生命球場の位置確定等の目的で、新宿歴史博物館に行ってきました。謎を長引かせると精神的に良くないので。

 その成果は大収穫以上だったと言えます。

 玉川上水下高井戸村分水への興味から派生した助上水から、淀橋浄水場、どこか1階か分からない高層ビル、東京生命球場更には女子プロ野球まで全てが一貫した大きな世界観の一部を構成することが分かりました。実は新宿西部の個人的な歴史観を大きく塗り替えるほどの大事件と言えます。簡単に言えば、新宿の本来の中心は新宿追分(甲州街道と青梅街道の分岐点付近)であり、新宿駅は新宿の西の果ての果てで、そこより西には何もなかった……という世界観の決定的誤りに気付いたということです。

 この件は、整理してから別途まとめて書きます。

新宿歴史博物館

常設展示 §

 常設展示もざっと見ましたが、十二社についての展示も若干有り、興味を持ってみないといかに人は見落とすかを痛感しました。

閲覧室初利用 §

 新宿歴史博物館の2階に上がる階段は、昔からずっと気になっていました。

 しかし、閲覧室を使うために初めて利用しました。

 ちなみに、蔵書のカードを見ていたら淀橋浄水場史もありましたが、窓口の人が席を外していたこともあり、今日の本題ではないこともあり、今日のところは見ないでおくことにしました。

 新宿区史等は自由に閲覧できたので、少し興味の対象について調べてみましたが記載は見つからず。

 他に、昔の新宿の本をちらりと見ていたら、1968年に完成予定の新宿西口の高層ビル街には1本もビルが立っていないから大失敗だ、という記述を見つけました。現状から考えると、驚くような記述ですね。

 結局、閲覧室ではめぼしい情報は得られず、1階の受付で「新宿区地図集」と『「柏木・角筈一目屏風」の世界』を買って帰りました。

交通の問題 §

 丸ノ内線の四谷三丁目ではなく、都営新宿線の曙橋から下車して歩くようになったことで、グッと距離感が縮んだ感があります。京王線から行く場合、実質的に乗り換えの手間が限りなくゼロに近くなったからです。

 ただ、曙橋は急行が止まらないので、その点だけは面倒ですね。笹塚で新線の急行に乗り換えると新宿で更に各駅停車に乗り換えねばなりません。かといって、次の各駅停車は新宿始発だったりすることもあるので、笹塚で次の各駅停車を待つのも非合理的ということもあり得ます。